Gift from sai

セブンティーン・ラブ




「どうしよう…」
上履きを下足箱に入れガラス戸を引いてもなお、斬は歩き出すことをためらっていた。
帰りの会の段階で既に窓の外の雲行きは怪しかったが、
まさか階段を下り廊下を歩く間にここまで降り出すなんて。
庇から垂れる滴はカーテンのようにその先の景色を細切れに遮断している。
ここを通り抜けるだけで、まず間違いなく学ランは重みを増し
ズボンは気持ち悪く足に纏わりついてくるだろう。

「村山君?」
だがどうにかしてこの雨垂れの切れ目が見つからないかと
タイミングを窺って一歩踏み出しかけまた辞めるのを繰り返していた斬は、
後ろから自分の名が呼ばれたことに驚いて顔を向けた。
まさかとは思ったが、そのまさかである少女が不安そうな顔で立っていた。

「月島さん!?」
「…もしかして…傘、無いの?」
首を傾げて聞いてくる月島の顔を見て、情けない所を見られたと斬は心の中で頭を掻きむしる。
どう足掻いても濡れるのは確実なのだから、武士らしくぱっぱと雨の中に飛び込めば良かったのに。
だが月島は特に斬の行動を非難する事も無く、
顔を少し朱に染めながら右手に持っていた桃色の傘を開くと言った。
「と…途中まで、入っていかない?」

 

傘の半分を借りる瞬間こそ心臓音が相手に聞こえるのではないかと思われるほど緊張していたが、
ゆっくりと会話が始まると斬はいつもの自分を取り戻す事が出来た。
「…と思うけど、でも私はね…」
やはり女子と言うべきか、月島は話題を出す事にあまり苦労していないようだった。
口下手な斬にとっては大変有難い事である。
そうだよね、と相槌を打とうと顔を右に向けたとき、斬は違和感に気付いた。
月島の傘の柄を持つ左手が、何かおかしい。
適当な言葉を返しつつその謎を突き止めようと一生懸命考え込んでいた斬に声が掛かる。

「村山君、どうかした?」
その大きな瞳が自分を見上げてくるのを見た時、斬は漸く気付いた。
それと同時に、その優しさにも気づかず会話をのうのうと楽しんでいた自分の鈍さに呆れてしまう。
「…月島さん、」
斬は右手で傘と同じ桃色をした柄を握った。
指が微かに重なり、月島は驚いたように目を見開く。
その手を動かす事無く、斬は口を開いた。

「ごめんね気付かなくて…僕が持つよ」
「え、いいよ!これ私の傘だし」
「ううん、僕に持たせて」
斬はしっかりと月島の眼を見て言った。
月島の顔がみるみる赤くなる。

「…それじゃ、お願いします…」
「うん」
ゆっくりと月島の手が離される。
気恥ずかしさからかすこし俯いて歩くその姿を横目で見て、斬は確信した。
こうして隣に並ぶまで気付かなかったが、月島は斬の耳の辺りまでしか身長が無い。
恐らくいつも自分がさしている様に傘を持てば斬に迷惑をかけると思ったのだろう。
一生懸命左手を高い位置に保ったまま歩いてくれていた月島の心遣いに、斬は心が温まるのを感じた。

「ありがとう、月島さん」
「えっ、何が…あっ村山君、左肩が濡れてるよ!いいよこんなに傾けなくて!」
あたふたとする月島をやっぱり可愛いなあと思いながら、
斬はこんな機会を設けてくれた雨に少しだけ感謝した。

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